社会参加データ×機械学習で挑む高齢者のフレイル予防 ― 信州大学・横川先生が描く次世代の見守りモデル
信州大学横川先生の研究関心は、主に高齢者の健康寿命を延ばすことです。特に、日常生活動作ができる状態を少しでも長く保つことと、そのためのフレイル予防に取り組まれています。その際、個人の身体機能だけでなく、高齢者と社会・環境との関わり方(社会参加)に注目され、社会参加がしっかりできていることが、段階を経てフレイル予防につながるという視点で研究されています。フレイル予防は自治体にとっても大きな課題であり、同様のテーマで多くの研究・論文がある中で、横川先生は「社会参加 × フレイル予防」という切り口でデータ分析を進められています。こうしたテーマに対し、機械学習を用いたリスク予測モデルを検討する際に、株式会社エイゾスのMulti-Sigma®を活用されました。本インタビューでは、横川先生のご研究内容の詳細とMulti-Sigma®の具体的な活用方法についてお伺いしました。
横川 吉晴(Yoshiharu Yokokawa)/ 信州大学医学部 准教授
市立大町病院等を経て、現職。
2003年 信州大学大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。
専門は、老年学、ライフサイエンス、公衆衛生学、健康科学、理学療法学
研究テーマと関心の出発点
先生の現在のご研究テーマについて教えていただけますでしょうか。
いちばん大きな関心は、やはり高齢者の健康寿命をいかに延ばすかという点です。単に生きている年数を延ばすことだけではなく、トイレに行く、着替える、家の中を移動するなど、日常生活動作を自立して行える期間を、できるだけ長く保ちたいという思いがあります。<br><br>その中で近年、フレイルという言葉がだいぶ一般的になってきました。フレイルは、健康と要介護の中間に位置する状態で、適切な支援や介入があれば元に戻る可能性もあります。この「戻れるうちにどう気づいて、どう関わるか」が重要だと考えています。
フレイルというと、筋力や体重減少など身体的なイメージが強いのですが、先生のお話では「社会との関わり」がキーワードになっているように感じます。
そうですね。もちろん筋力やバランス機能、栄養状態など、身体的な側面はとても重要です。ただ、それだけを見ていても、高齢者の生活の全体像は捉えきれないところがあります。<br><br>そこで私が注目しているのが、社会参加です。たとえば、週に何回くらい外出しているか、地域のサークルやボランティアに参加しているか、友人や近所の方とどのくらい交流があるか。こうした社会・地域との関わり方が、心身の状態やフレイルの進行と深く関係しているのではないかと考えています。<br><br>社会参加がしっかり保たれている方は、活動量も維持されやすく、生活のハリや目的意識も生まれます。逆に、外出が減り、人との関わりが少なくなると、身体機能だけでなく心理的な側面にも影響が出てきます。その意味で、社会参加は「フレイルの一歩手前」を察知する重要な指標になるのではないかと思っています。
フレイル予防や介護予防は、全国の自治体にとっても大きなテーマだと思います。同じ領域で取り組む研究者も多いのでしょうか。
はい、非常に多いですね。各自治体が独自に調査や事業を展開していますし、大学や研究機関でも、その効果検証や要因分析が盛んに行われています。その中で、私は特に「社会参加とフレイル予防の関係を、データに基づいて丁寧に見ていく」という視点を大切にしています。身体機能だけを測っても見えてこない部分を、社会参加というレンズを通して浮かび上がらせたい、というイメージです。<br><br>また、単に「社会参加している人は元気です」で終わらせるのではなく、どのような参加の仕方が、どの程度フレイル予防に寄与していそうなのか、例えば、頻度なのか、活動の種類なのか、関係性の深さなのか、そういった細かなところまで踏み込んで分析したいと考えています。
機械学習を用いたデータ分析
そうした複雑な要因を扱う中で、今回、機械学習による分析にチャレンジされたわけですね。そこにはどのような背景があったのでしょうか。
調査項目が増えてくると、従来の単回帰やロジスティック回帰だけでは捉えきれないパターンが出てきます。例えば、ある条件が揃ったときだけリスクが高まる場合や複数の要因が組み合わさって影響している場合など、そのような非線形な関係や交互作用を見たいと思ったとき、機械学習の手法は有効だと感じていました。<br><br>ただ、自分で一からPythonなどでプログラムを書いてモデルを組むとなると、勉強も含めてかなり時間がかかります。研究者としては、本当はコードを書くことよりもどういう問いを立てるか、そして結果をどう解釈するかに時間を使いたいと思っています。そこで、もう少しハードルの低い形で機械学習を使える方法はないか、と考えていました。
そのタイミングで、弊社のMulti-Sigma®を知っていただいたということですね。最初の印象はいかがでしたか。
率直に言うと、「これなら自分でも触れそうだ」という安心感がありました。ブラウザ上で操作できて、データをアップロードすると、複数のモデルを選んで試せるような仕組みになっていたので、「これなら、分析の勉強も兼ねていろいろ試せそうだ」と感じました。また、結果がグラフや表で視覚的に表示されるので、「この変数が効いていそうだ」といったことが直感的に分かります。そこが、機械学習の考え方に慣れるうえでも大きな助けになりました。
実際にMulti-Sigma®を使用され、フレイルや社会参加のデータを分析されてみて、特に役立った点はどこでしょうか。
まずは、複数の条件を簡単に比較できるところですね。自分でコードを書く場合だと、それぞれ設定を変えながら何度も実行して…という作業が必要ですが、Multi-Sigma®ではかなり省力化されます。<br><br>もう一つは、変数重要度や解釈のための情報が見やすいことです。例えば、「外出頻度」、「地域活動への参加」、「世帯構成」などの項目が、予測にどの程度寄与しているのかが可視化されます。私たち研究者にとっては、そこで得られた示唆をもとに、この結果は理論的にどう説明できるか、そして、追加でどんなデータを取るべきかといった次のステップを考えやすくなります。結果を見ながら、自分が理論的に重要だと思っていた変数とモデルが重要だと判断する変数がずれている場面もありました。そこから、「なぜずれているのか」、「他の要因が影響しているのか」といった新しい問いが生まれてくるのは、非常に面白かったですね。
現場への説明のしやすさ
一方で、機械学習モデルは「ブラックボックス」というイメージもあります。自治体や現場の方に説明する難しさはありませんでしたか。
おっしゃる通りです。精度が高くても、「なぜその人がハイリスクと判定されたのか」が全く分からないモデルだと、現場では使いにくいですし、納得も得られにくい。その点では、Multi-Sigma®で変数重要度や関連性を可視化できることが、説明の助けになりました。「この地域では、特にこの項目がフレイルリスクと関係していそうです」といった形で、職員の方と共通の言葉で議論できます。<br><br>もちろん、それでもすべてを完全に説明できるわけではありませんが、「モデルがこう言っているから」ではなく、「データからこういう傾向が見えていて、それを踏まえてこの施策を考えています」と説明できることが重要だと感じています。
今後の展望:インフラデータを活用した見守りへ
今後の研究の方向性や、Multi-Sigma®の更なる活用について、教えていただけますでしょうか。
将来的には、生活インフラのデータとの連携に大きな可能性を感じています。たとえば、水道や電気、ガスの使用状況など、すでに多くの家庭で日常的に蓄積されているデータがありますよね。全員に長いアンケートに答えていただくのは、本人にとっても大きな負担ですし、自治体にとってもコストがかかります。一方で、インフラの利用データは、比較的自然なかたちで多くの方をカバーできます。それを上手にモデル化できれば、生活のリズムの乱れや活動量の変化から、フレイルの兆候や社会参加の低下を早めにキャッチするような仕組みも考えられます。<br><br>もちろん、プライバシーの問題やデータ利用のルールづくりなど、慎重に検討すべき点はたくさんあります。ただ、こうしたデータをうまく活用しながら、より広範囲の高齢者を、無理のない形で見守れるようになると良いなと思っています。
機械学習にこれから取り組む人へのメッセージ
最後に、機械学習やデータ分析に関心はあるものの、まだ一歩を踏み出せていない研究者や自治体職員の方に向けて、メッセージを頂けたらと思います。
まずお伝えしたいのは、「完璧な準備が整うのを待たなくていい」ということです。私自身も最初はハードルが高く感じていましたが、実際にツールを触ってみると、「意外とできる」と感じる部分が多くありました。Multi-Sigma®のようなツールを使えば、プログラミングの専門家でなくても、分析の考え方や機械学習の感覚を身につけていけます。最初はうまくいかないことがあって当然で、その試行錯誤のプロセス自体が、研究や実務の質を高めてくれると思います。<br>興味はあるけれど躊躇している方にこそ、まずは小さなデータセットからで構わないので、一度試してみてほしいですね。そこから、きっと新しい発見やコラボレーションの可能性が広がっていくのではないかと思います。