AIを活用した持続可能な冷媒設計における地球温暖化係数(GWP)の予測

気候変動は現代社会が直面する最も深刻な課題の一つです。冷房や冷蔵システムに使われる合成冷媒は、温室効果ガス排出に大きく寄与しています。多くの冷媒、例えばR134aは、二酸化炭素と比べて数千倍もの地球温暖化係数(GWP)を持つため、気候対策における重要な削減対象になっています。
モントリオール議定書のキガリ改正のような国際合意は、高GWP冷媒の段階的な廃止を世界規模で義務付けています。これらの目標を達成するためには、より環境に優しい代替冷媒を迅速に特定し、導入する必要があります。しかし、適切な代替品の探索は決して容易ではありません。冷媒は性能基準を満たすと同時に、環境への影響も最小限に抑える必要があり、化学的な複雑さと環境適合性を両立させることが求められます。
環境に優しい冷媒探索におけるAIの役割
従来のGWP予測手法は、グループ寄与法や実験測定に依存していました。これらの方法は時間がかかり、分子構造と環境影響の間に潜む複雑で非線形な関係を捉えきれないことがあります。
AIは、こうした課題の解決に役立ちます。AIモデルは分子データから直接学習し、従来の手法が見逃しがちなパターンを見つけることができます。数千種類の候補冷媒を迅速にスクリーニングでき、より低GWPの有望な化合物を迅速かつ確実に見つける手助けをします。
GWP予測のためのAIフレームワーク
我々の最近の研究では、Multi-Sigma®を用いて、単一成分冷媒の100年GWPを予測する深層学習フレームワークを開発しました。このフレームワークは、分子記述子、主成分分析(PCA)、および分位点変換という3つの重要なツールを組み合わせています。以下に概要を示します。
- 分子記述子
分子の構造や特性を数値化した指標です。RDKit、Mordred、alvaDescという3種類の記述子セットを試し、それぞれ異なる構造情報の詳細度を持っています。RDKitは基本的な2D特徴に焦点を当て、Mordredは一部3D記述子を加え、alvaDescは包括的な3D情報を提供します。 - PCAによる次元削減
分子記述子は数千にも及ぶため、そのままAIモデルに使うと過学習を引き起こしやすくなります。PCAは情報を主要な成分に圧縮し、重要なパターンを保持しつつ、モデルを安定化し解釈しやすくします。 - 分位点変換
GWPデータは偏りが大きく、大半が低GWPでごく一部が極端に高い値を持ちます。分位点変換によりデータの分布をより一様にし、AIが全データ領域を効率的に学習できるようにします。
性能評価と主要な成果
これらの変換後データを用いてアンサンブルニューラルネットワークを訓練し、未知の冷媒に対する予測精度を評価しました。驚くべきことに、2D特徴のみを含むシンプルなRDKit記述子が最も高い性能を示し、決定係数(R²)は0.918に達しました(図1)。
この結果は、基本的な構造情報だけでもAIがGWPを高精度で予測できることを示しています。シンプルなモデルほど新しいデータへの汎化能力が高く、堅牢性があることを裏付けています。

図1. GWP予測のための深層学習フレームワークの概要と、RDKitベースのアンサンブルモデルの予測結果 [1]。
この成果の意義と広がる視野
本研究の意義は、単なる一つの物性予測にとどまりません。基本的な分子記述子だけで信頼性の高い予測が可能であることを示したことで、より迅速かつ大規模な仮想スクリーニングが可能になりました。これにより、以下が実現可能です。
- 冷媒探索の時間とコストを削減
- 設計初期段階で有望な候補を特定
- 高GWP冷媒の早期廃止を加速し、気候目標に貢献
GWPを決める要因: モデルから得られた洞察
本フレームワークは、単なる予測にとどまらず、GWPに最も影響を与える分子特徴も明らかにします。これにより化学者は構造と環境影響の関係を深く理解できます。
- 分子量が大きい、またはアリルオキシドのような官能基を持つ化合物は、一般にGWPが高い傾向があります。これらの特徴は大気中での安定性を高め、温暖化効果を長引かせます。
- 脂肪族複素環や特定の体積関連記述子は、分子の分解を促進し、結果としてGWPを低減します。
こうした知見は、性能と環境影響の両立を目指す冷媒設計に役立ちます。
実用的なウェブツールの開発
我々は、このモデルをより多くの人に活用してもらうため、RDKitで算出された記述子を用いてGWPを予測できるウェブアプリケーションを開発しました。新しい冷媒の気候影響を簡単に見積もることができ、データ駆動による迅速な設計とテストを支援します。
冷媒のGWPを知りたい場合は、ぜひ当社の Web ツールでテストしてください。
https://multi-sigma-app-v2-dev-jst3cplrqq-an.a.run.app/public_app/i07MbDalAR6xZhJ3lFAb
より大きな視点: 世界的な目標との調和
この研究は、キガリ改正などの国際的な気候変動対策を支援します。AIフレームワークは、低GWP冷媒の迅速かつ信頼性の高い同定を可能にし、気候目標の達成と持続可能な未来に貢献します。
冷媒以外への応用: フレームワークの拡張可能性
本研究の対象は単一成分冷媒ですが、同様のアプローチはより複雑な混合冷媒にも適用可能です。また、毒性や大気中寿命といった他の環境特性の予測にも応用でき、冷媒を含む産業用化学物質全体の包括的評価に役立ちます。
結論
我々の研究は、深層学習とスマートなデータ処理を組み合わせることで、シンプルな分子記述子からでも信頼性の高いGWP予測が可能であることを示しました。このフレームワークは、精度と汎化性を両立し、冷媒設計初期段階での実用的なツールとなります。
これは単なる数値予測ではなく、化学設計におけるより迅速で的確な意思決定を可能にします。データと環境責任の間にあるギャップを埋めることで、持続可能性の実現を強力に支援するツールとなります。
参考文献
- Rajapriya, Navin, and Kotaro Kawajiri. “Deep Learning for GWP Prediction: A Framework Using PCA, Quantile Transformation, and Ensemble Modeling.” arXiv preprint arXiv:2411.19124 (2024).